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【混声コーラス部】結成わずか2ヵ月、国連代表部での初披露を終えて(筆者:伊藤玲阿奈・日本クラブ混声コーラス部芸術監督、武蔵野学院大学客員准教授)
05/05/23
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“Now we sing from our hearts for good health and long life of His Majesty the Emperor and for the world peace!”
(ではこれから天皇陛下のご健康と弥栄[いやさか]のために、そして世界平和のために、心より歌わせて頂きます!)このようにスピーチを締めた私は、マイクを置いて後ろへと振りかえりました。目の前に立っておられるのは、結成されたばかりの日本クラブ混声コーラス部の皆さん。そして私の後ろにいらっしゃる約150名の聴衆は、国際連合の各国代表部大使とその関係者の方々。
去る3月31日、日本政府の国連代表部が主催した天皇誕生日レセプションでのことです。混声コーラス部は、そのレセプションにて国歌『君が代』および合唱の名曲『大地讃頌[さんしょう]』を披露するという栄誉に浴しました。
この寄稿では、結成からわずか2ヵ月で初舞台を踏むまでのご報告をしながら、新しく日本クラブの仲間となった混声コーラス部についてご紹介することに致します。
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2023年1月31日――日本クラブ5階の教室にスターティングメンバーが集まり第1回目の練習をおこなったその日、混声コーラス部は誕生しました。その数17名。
まだ海のものとも山のものとも知れぬ合唱団、どのような方がご参加くださったのでしょう?
<ある日のレッスン風景。ふだんは7階ギャラリーまたは5階サクラルームで練習しています。皆さんも一度ぜひ遊びにきて下さい!>
やはり約3分の2は何らかの合唱経験をもたれていました。たとえばサクラ商事社長の満仲恒子さんはじめ数名は日本クラブ女性部コーラス(混声コーラス部の前身にあたります)でも歌われておられましたし、元シャープのハリー西谷さんにいたっては、私が20年前に駆け出し指揮者だった合唱団でもご一緒していた大ベテランです。
いっぽうで、IACEトラベル会長の石田圭子さんや損保インターナショナルCOOの藤田英二さんなど、初めて合唱に飛び込んでこられた方もいらっしゃったうえ、日本では合唱人口が高齢化するなか若い世代のご参加も頂いたことは、いずれも望外の喜びでした。
ところで、演奏団体をきちんと個性のある一流レベルに育てるには長い年月を要します。むかし「クラシックの帝王」と呼ばれたカラヤンという大指揮者がいて、その後半生にベルリン・フィルハーモニーを育てたのですが、そのオケが世界最高という評価を不動のものとするまでに20年以上かかりました。アマチュアコーラスといえども同じで、少なくとも年単位で計画せねばなりません。
そこで私は、2年後にベートーヴェンの『第九』を演奏できるレベルにするという方針を立て、練習メニューを組むことにしました。混声コーラス部には、2025年に国連80周年を祝ってカーネギーホールで『第九』を歌うという明確な中期目標があるからです。具体的には、ていねいに発声練習をして、オペラ歌手のような声が出る仕組みも図解で分かりやすく解説、比較的かんたんな小曲を大量にこなしていく――このような指導方針となります。
<発声練習時に伊藤がホワイトボードに描いた図解。左側では日本語の美しい発音について解説しています。>
しかしながら、1ヵ月を過ぎた2月下旬あたりで「声が出ない」「迷惑かけるからやめようかしら」という声が結構あがりました。それは無理もありません。経験者の方でさえパンデミックで数年間も声をまともに出していなかったわけで、初体験の方はそれに技術的な難しさも加わるのですから。
「声が出なかったり、音が取れないのは当たり前で、プロでも数年かかりますから心配ありませんよ」「結果をあせらず、自分にプレッシャーをかけずにいきましょうね」
不安の声があがるたびに、ひとりひとりに励ましを送りながらも、ちょっと弱気になりかけていた時期でした。
ところがそこへ救いの神があらわれます。国連代表部より、天皇誕生日レセプションでの演奏はどうだろうか、との打診を賜ったのです。
国連代表部というのは国際連合に対する日本政府のカウンターパートにあたる機関。しかもそのトップである石兼公博大使じきじきにお伝えくださいました。読者の皆さんにおかれても、最近のウクライナ戦争に関連して、安全保障理事会などで積極的に発言される石兼大使の姿をテレビなどでご覧になっていることでしょう。
つまりは我らにとって初となる、しかも大舞台がやってきたのです。レセプション本番は3月31日で1ヵ月ほどの準備期間しかないとはいえ、なにごとも直近に目標があれば頑張れるものです。実際、このチャンスが私たちへ与えてくれた効果は絶大でした。
まず何よりも部員の皆さんの変化が素晴らしかったこと!
あいにく3月に帰国している部員が4名いて少人数でのぞまねばならないため、ひとりひとりに責任感が芽生え、できたばかりの合唱団であるのに結束がだんだん強くなっていったのです。きちんと自主練もしてくるので、1回のレッスンごとに良くなっていきました。それは部員には気付かない程度であったかもしれませんが、専門家である私の耳には明らかで、とても感心したものです。
勧誘も盛んになりました。少しでも人数を増やそうと損保の営業トップである藤田さんがお声をかけ、三菱UFJの米州法人営業部長・西川洋一郎さんが加入したのもその時期です。お二人とも営業職で激務であるにもかかわらず、秘書に毎週火曜の夜を空けるよう指示するほどの献身ぶりで支えてくれました。
<本番直前の練習日。心なしか自信がついた頼もしい顔つきをしていますね!>
総合的に導かねばならない私も負けてはいられません。自宅や出張先のホテルでしっかり自主練できるよう、各パート私が歌って録音したものをYouTubeにあげて側面支援。音楽以外でも、国連加盟国の大使が天皇陛下のお祝いのために一堂に会するわけですから、それにふさわしい格調を演出すべく代表部と打ち合わせを重ねました。
芸術で、そしておそらくはビジネスでも「人はパンのみにて生きるにあらず」は真実です。根底にあるのは人間の精神性であり、心がワクワクしない限りは真の意味でよい結果には繋がりません。絆が深まるにしたがって私たちのハーモニーも徐々に美しくなっていき、本番前には初回から比べると段違いの歌声になりました。
こうして迎えたレセプションが上手くいかないはずはありません。さすがに初舞台で皆さん緊張ぎみではありましたが、みごと歌いきり、万雷の拍手にくわえ「ブラボー!」も飛び交いました。皆さん、母国の為になることを立派に果たされたのです。
その後、近くの中華料理店へと移動し、打ち上げに。高揚感にひたりながらのビールとお料理がどんなに美味しかったことか。それは心を一つにしてやり遂げねばならない合唱のような芸術だからこそ味わえるもので、どんな有名シェフがつくる高級な料理でもそれだけでは到底かなわないでしょう。
結成からわずか2ヵ月での初披露、かくして大成功に終わりました。
<打ち上げにて。とてもとても盛り上がりました!>
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混声コーラス部のデビューを巡っては、石兼大使率いる国連代表部の皆さま以外にも、驚くほどたくさんの方々から有形無形のサポートを賜りました。ひとつひとつご紹介することは叶いませんが、あらためまして心より御礼を申し上げます。
特に、前田正明事務所長をはじめとする日本クラブ事務局の皆さまには、新しくできた混声コーラス部どころか、去年まで会員でもなかった私に対しても本当にあたたかく面倒をみて下さり、ありがたい限りです。
これをご覧になられた読者の皆さまも、ぜひ一度コーラス部に遊びにおいでて下さい。今のところ、毎週火曜日の午後6時からです。
コーラスというと高尚なものという先入観がどうもあるようです。しかしベートーヴェンが『第九』で曲をつけたシラーの『歓喜に寄す(喜びのうた)』にしても、もともとドイツの若者が酒場で酔っぱらいながらカラオケさながらにガナッテいたもの。少なくとも私は身近なものとして楽しく教えています。
再来年には『第九』にチャレンジです。どうか一緒に忘れがたい時を過ごせますように。そして、それが皆さんご自身や日本クラブ、ひいては日本のためになるよう目指して参りたいと存じます。
今後とも日本クラブ混声コーラス部をどうか宜しくお願い申し上げます。
日本クラブ混声コーラス部 芸術監督:伊藤玲阿奈(いとう・れおな)指揮者。1979年、福岡県生まれ。ジョージ・ワシントン大学国際関係学部を卒業後、音楽家の道へ。ジュリアード音楽院の夜間課程などで指揮を学び、アーロン・コープランド音楽院を卒業(修士号)。2008年、NYにてプロデビュー後、カーネギーホールや世界遺産・エウフラシウス聖堂(クロアチア)など、世界各地で指揮。2014年、「アメリカ賞」(プロオーケストラ指揮部門)を日本人初の受賞。2020年、ロックダウン中に執筆した『「宇宙の音楽」を聴く』(光文社新書)を上梓、アマゾンにてカテゴリ・ベストセラー1位。武蔵野学院大学客員准教授(大学院)。別名:伊藤玄遼(いとう・はるか)
日本クラブ混声コーラス部へのお問い合わせ:info@nipponclub.org